石川後楽園

石川後楽園
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やはり東京の庭園は都会の中にありました。 向こうに見えるのが後楽園遊園地、傍には東京ドームもありますよ。
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得仁堂
この建物は、光圀18歳の時、史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、伯夷、叔斉の木像を安置した堂です。得仁堂の名前は孔子が伯夷・叔斉を評して「求仁得仁」と語ったことによります。 (東京都庭園へ行こうより)

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大堰川
この庭園で川の景色を代表する場所。その名は、京都嵐山の下を流れる大堰川にちなんでおり、昔は神田上水から水車で水を汲みあげて流していました。 (東京都庭園へ行こうより)

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円月橋
光圀があつくもてなした明の儒学者朱舜水が設計したといわれる石橋。水面に映る様子と合わせると満月のように見えるので、この名がつけられました。(現在は渡れません。) (東京都庭園へ行こうより)

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丁度白糸の滝辺りが修復工事中で残念でした。

ハナショウブがいい感じに咲いています。
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稲田
園の北側地域は、景観が一変します。梅林、稲田、花菖蒲、藤棚の田園風景が展開します。庭園の中に稲田があるのは、後楽園だけでしょう。これは農民の苦労 を、水戸光圀が彼の嗣子・綱条の夫人に教えようと作った田圃で、現在は毎年、文京区内の小学生が、5月に田植え、9月に稲刈りをしています。 (東京都庭園へ行こうより)

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大泉水
この庭園の中心的景観。蓬莱島と徳大寺石を配し、琵琶湖を表現した景色を造り出したもので、昔はこの池で舟遊びをしたといわれています。 (東京都庭園へ行こうより)

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大泉水と蓬莱島
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内庭
水戸藩の書院の庭としてあった所で、昔は唐門をへだてて、大泉水のある「後園」と分かれていました。江戸時代は「うちの御庭」と呼ばれた、池を中心にした純日本式の庭園。昔の姿をそのままとどめているといわれます。 (東京都庭園へ行こうより)

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奥に見えるのが ”涵徳亭”で予約が入っていない部屋がある場合、お弁当、抹茶や甘味、軽食などを頂く事ができるようです。
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渡月橋
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http://teien.tokyo-park.or.jp/contents/index030.html




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